ワンちゃんがいるから手術もリハビリも頑張れる・・・患者に寄り添う「勤務犬」モリス 聖マリ医大病院で活躍中

渡辺 晴子 渡辺 晴子

「聖マリアンナ医科大学病院」(神奈川県川崎市)で「勤務犬」として入院患者を癒している、スウェーデン生まれで白いスタンダードプードルのモリス(5歳・オス)。週2日(現在はコロナ禍のため週1日)活動を行い、手術を嫌がる患者さんに付き添って手術室まで同行したり、つらい治療で心がふさぎ込んだ患者さんの病床で添い寝をしたりと、入院している子どもや大人たちの不安な気持ちを和らげ、治療に前向きになれるよう“後押し”をしているといいます。 

同病院がこうした勤務犬による動物介在療法(Animal Assisted Therapy、以下AAT)を始めたのは、2015年4月。モリスの先代勤務犬で黒いスタンダードプードルのミカ(11歳・オス)を日本介助犬協会から貸与されて以来、勤務犬が緩和ケアチームの一員に加わり、補助的医療活動に取り組んでいるとのこと。モリスたちを導入した経緯やその成果などについて、病院関係者の方々にお話を伺いました。

「勤務犬」は病院職員の一員、患者さんの“心のケア”を担当

「勤務犬」は同病院の職名。病院で職員の一員として活動するために、専門的なトレーニングを受けた犬です。人と触れ合うことが大好きで、患者さんのつらさにそっと寄りそう「心のケア」に適性のある犬が選ばれます。

では、どのようなワンちゃんが勤務犬に適しているのでしょうか? モリスの管理役のハンドラーを務める、看護師の大泉奈々さんはこう説明します。

「人が好きなことはもちろんのこと、感染予防の面から舐めない、排泄が管理できるといったことが挙げられます。このほかにも、自ら患者さんの方へ『遊んで』などと近寄っていくようなアピール力のある子がいいですね。訓練や指示によって動かされている犬ではなく、人との触れ合いそのものを心から楽しめる犬が選ばれています。私たちハンドラーは、犬と患者さん双方が、触れ合いのひとときを心地よく楽しいものにするための調整役を担っています」

同じく、モリスのハンドラーを務める、看護師の竹田志津代さんも「モリスの場合、いい意味でマイペースなところが、とても適していると感じます。いつも自分らしく振る舞ってくれるので、頼もしい存在です。そんな自然体で患者さまと向き合えることがモリスの強みだと思います」と話します。

管理役・ハンドラー「モリスの能力を生かし、患者さまに合った方法を見つける」

さらに、スタンダードプードルやラブラドール・レトリーバーなどの大型犬は、脳も大きく、知力が高いとのこと。指示されたことだけではなく、その場の空気を読んだ行動もできるそうです。モリスたちは、少なくとも小学校高学年レベルの知能があるとか。

そんな高い知力を持ったモリスの能力を最大限に生かすため、「患者さまからのご依頼があったときに、どのようにモリスを生かして患者さまを良い方向へ持って行けるのか・・・それぞれの患者さまに適した方法を病棟のスタッフとともに相談しながら見つけています」と竹田さん。

「例えば、気持ちが落ち込んで食事が進まない患者さまに対しては、食事の時間の前にモリスと会う時間を作ったり、あるいは、リハビリに気持ちが向かないという患者さまにはモリスと一緒にリハビリ室まで行ってみませんか?などと声掛けをしたり。決まったやり方というものはなく、その都度、その患者さまに合った方法をいかにみんなで試行錯誤しながら考えていくことができるかが大切だと思っています」と語ってくれました。

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導入したきっかけは・・・白血病で闘病していた女の子のある願いから

聖マリアンナ医科大学病院がモリスのような勤務犬を導入したきっかけは、2012年、長期入院をしていた白血病の女の子が「犬に会いたい」と強く願ったことからでした。入院前、女の子の自宅ではパピーウォーカーとして盲導犬協会から盲導犬候補の子犬を預かることが決まりましたが、ワンちゃんを預かった際に病気が発覚。入院後、女の子は「犬に会えなくなった」という寂しさと治療のつらさにふさぎ込んでいたといいます。

そんな苦しい闘病生活を送っていた女の子が、他の病院で入院中の子どもたちに癒しや勇気を与えていたファシリティドッグのことを知り、ファシリティドッグを派遣するNPO団体へ「犬に会いたい」などと手紙を書いたそうです。その女の子の願いを叶えてあげようと、同病院の医師や看護師たちが動き、初めてファシリティドッグの訪問を実現。犬に会いたかった女の子だけではなく、他の入院患者さんたちも犬と触れ合い癒され涙を流したり、笑顔になったりと院内は温かい雰囲気に包まれました。居合わせた医師や看護師、スタッフたちもファシリティドックの“癒しの力”に感涙したといいます。

ファシリティドックの訪問後、AAT(勤務犬)導入へ病院関係者が具体的に動き出しました。2013 年6月には日本盲導犬協会と日本介助犬協会の協力を得て、当時病院長だった北川博昭現同大学長を中心にAAT(勤務犬)導入準備委員会を結成。講演会やPR犬による啓蒙活動、勤務犬導入希望の署名活動、資金面では同大同窓会の支援を受けるなどしながら、翌年の2014年4月には正式な勤務犬導入部会を発足、その後1年間の準備期間を経て2015年4月に同病院で初の「勤務犬」としてミカが入職しました。

勤務犬第1号の「ミカ」 ある少年との強い“絆”・・・

小児科病棟では手術を怖がる子どもたちのため、手術室で麻酔がかかるまで寄り添ったというミカ。高齢の患者にリハビリ意欲を与えたほか、産婦人科病棟でも触れ合っていたら「安産だった」と人気を集めるなど活躍しました。2018年12月、後継のモリスに後を託して8歳で引退。ミカのハンドラーを務めたのは、小児外科の医師・長江秀樹さんと、看護師長の佐野政子さんでした。

ミカの活躍について、佐野さんはこう振り返ります。

「つらいけど犬と一緒ならリハビリ頑張れる。ミカと一緒にリードを持ったりしたら一緒に歩ける。私たちは、ミカに励まされた患者さんをたくさん見てきました。そんな患者さんの中で印象的だったのが、生まれたときから声が出なかった男の子。手術室に行くまでに泣いて暴れて蹴飛ばして。病院の先生もお手上げになっていました。でも、ミカが手術室に付き添うようになってから手術を受けられて。声が出るようになったのです。

当時4歳だった男の子も今は9歳に。今年4月、検査入院の男の子とミカは再会を果たしました。当時男の子と遊んだおもちゃをミカは覚えていて。男の子のところに持って行くなどして、ミカも再会を喜んでいたようです」 

ミカは引退後、佐野さんの家族になりました。ときどきオファーがあると講演会やセレモニーなどに参加するとか。病院の近くまで毎朝散歩に来て、人に会いたくて院内に入りたいとせがむそうです。

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北川学長「“愛ある医療”の一端を担ってくれることを期待」

現在、次の3代目となる勤務犬の育成も既に始まっています。

勤務犬の導入に関わった北川学長は、「多くの方々のご協力・ご支援を受けながらも、われわれの病院でも継続して『勤務犬』が活躍できるようになりました。動物介在療法のためにやってきた勤務犬の担う役割は、主に闘病意欲の向上やリハビリのサポート、痛みの軽減、精神的な安定など患者さんの心身ケアを目的としています。これまで数多くの患者さまがミカやモリスと出会って、心が安らぎ笑顔で退院したり、あるいは穏やかな余生を送ったりすることができるようになりました。これからも、勤務犬が当院の目指す“愛ある医療”の一端を担ってくれることを期待しています」と今後について、話してくれました。

※ミカの活躍や活動の軌跡を描いた書籍「ずっとずっと、ともだちだよ…病院勤務犬・ミカの物語」(岩崎書店、著・若月としこ/税込1430円)も出版されています。

■聖マリアンナ医科大学HP:「動物介在療法」とは
https://www.marianna-u.ac.jp/houjin/lifelog/20190201_04.html

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