寿命は数百年、深海の王・オンデンザメの遊泳速度を世界で初めて計測に成功 研究員に聞いた

脈 脈子 脈 脈子

 生物界には「トップ・プレデター」と呼ばれる生き物が、それぞれの地域や環境の中に存在します。トップ・プレデター、つまり頂点捕食者とは自分を捕食するものがいない、食物連鎖の頂点に君臨する動物を指します。そして、多くの深海生物の存在が確認されている駿河湾深部のトップ・プレデターを対象とした研究をしていた海洋研究開発機構(以下JAMSTEC)。その研究グループが設置したカメラがオンデンザメの姿をキャッチ。そのデータから、泳ぐスピードを計測することに世界で初めて成功しました。

 映画「ジョーズ」のモデルになったというホホジロザメの速度は時速56キロにも達すると言われていますが、オンデンザメはどのくらいの速さで泳ぐのでしょうか。海洋研究に携わって28年。世界初の計測に成功したJAMSTECの上席研究員・藤原義弘さん、聞いてみました。

オンデンザメの遊泳速度は?

ーーまず、オンデンザメとはどんな生き物ですか?

 ツノザメ目オンデンザメ科に属する最大水深約2200メートルまで生息する大型の深海性サメ類です。大きさは4メートル以上になることが知られていて、深海における上位捕食者に位置すると考えられています。私たちのカメラに写ったのは全長約3メートルのメスのオンデンザメでした。近縁種のニシオンデンザメは約400年も生きると言われており、また遊泳速度が魚類の中でも極端に遅いことで知られていますが、オンデンザメについてはその生態はほとんど未解明でした。

ーー計測は世界初ということですが、やはり相当に難しいものなのでしょうか?

 基本的に、深海の生き物の遊泳速度を測るのはそんなに簡単ではないんです。浅いところなら、映像記録をとったり、船と伴走をさせて測ったりと方法はいくつかありますが、深いところの生き物はそうはいきません。ある程度の数がいる生物なら、複数の個体に計測装置を取り付けてデータを取ることもできますが、今回私たちが対象としたオンデンザメは個体数が多くありません。そのため、お目にかかる機会も滅多になく、今までデータがありませんでした。

ーー実際に計測されたオンデンザメのスピード、いかがでしたか?

 秒速25センチメートルだということが分かりました。

ーー秒速25センチメートル…。相当ゆっくりという以外、ちょっとイメージがつきません…。

 1時間に900メートルほど。時速1キロ以下で動くようなものってことですね。

ーー人が普通に歩く速度が時速2.9~3.6キロという研究結果があるようですので、時速1キロは徒歩の1/3以下のスピード…。相当ゆっくりですね。

オンデンザメのお食事事情

ーーそんなにゆっくりで、餌を取るのに困らないんでしょうか?

 オンデンザメは日和見主義者と言われていて、口に入って食べられそうなものは何でも食べちゃう感じです。日本近海のデータは少ないんですが、世界的に出されてるオンデンザメの胃内容物のデータを見るとヒラメの仲間とか、なんでそんな速いのが食べられるか分からないけど鮭の仲間とか。あとはそんなに泳ぎの速くないメバルの仲間とか、簡単に栄養になりそうなものは何でも食べるんだと思います。生きたままでも、死んだものでも、何でも。

ーーかなり貪欲ですね。

 そうですね、深海の生物は割とそういうものが多いです。餌をより好みしていると生きていけないので。食べられそうなものは何でも食べる場合の方が多いですね。駿河湾で何を食べてるかっていうのはあんまりデータがないんですが、オンデンザメの餌として海外では知られているイカ・タコなどの頭足類やエビ・カニなどの甲殻類は駿河湾にも分布していますから、餌にしてる可能性があります。

ーー今回オンデンザメを捉えたカメラは餌付きのカメラだそうですが、餌はなんだったのですか?

 今回の調査に用いたカメラは2台で、1台にはサバを、もう1台には血が滴るようなクジラの骨を入れました。

ーー骨…!!その2台のカメラに対して、食いつきに差はあったのでしょうか?

 食いつきには大きな差はありませんでした。なぜクジラの骨かと言うと、実はトップ・プレデター研究の前はそれが研究テーマだったんです。クジラが死ぬと最終的に多くの個体は海底に沈むんですが、その死んだクジラの周りにすごく特別な生態系が出来上がるんです。クジラの骨を利用した生態系が出来上がって、長い場合は100年ぐらい続きます。今回出てきたオンデンザメに匹敵するぐらい体の大きなカグラザメがクジラの遺骸を餌とすることをこれまでに確認していますし、南の方に行くと表層性の人食いザメが500mぐらいまでクジラの骨を目指して降りてきたこともありました。このような、クジラの遺骸を餌とする大型の魚類を調べていました。

駿河湾の生態系も解明されるかも

ーー深海で形成される100年帝国のような生態系、とても興味深いですね!今回の研究成果にはどのような意義があるのでしょうか?

 人間活動や地球環境変動によって、生態系に様々な影響が及んでいることが世界中から報告されています。また、その影響を最初に強く受けるのは、それぞれの生態系のトップ・プレデターだと言われてるんですね。ただ深海においては、私たちが研究を始めるまでトップ・プレデターが誰なのかもよく分かっていなかったので、まずそういうことを調べるきっかけができたっていうのが大きいと思います。

ーー他にもありそうですね。

 それから遊泳速度というのは生きものの基本情報の1つです。こういう数値があることで、その生物の行動範囲や餌生物との関係を推定できますし、また今回の研究で実施した個体数密度を算出するときにも必要です。生態系全体を理解するために、こういうひとつひとつの数値が必要となるんです。

ーー深海のトップ・プレデターとして名前が上がったヨコヅナイワシも、JAMSTECの研究による成果ですよね。

 はい。生態系全体の多様性とか役割、機能、そういったものをトップ・プレデターがうまくバランスをとっている。このことをトップダウンコントロールと呼ぶんですが、深海生態系にも同様の働きがあるのか、そういう情報もないんです。それを解明しようと進めている研究の中で、どうやら深海にもトップダウンコントロールっていうのはありそうだっていうことが見えてきています。今後はそういうトップ・プレデターの役割を明確にしていきたいですし、近年開発した環境DNA解析技術を用いて、生物の保護や環境の保全に繋げられる取り組みにも着手しているところです。

 この研究の成果は英国の科学雑誌「Journal of the Marine Biological Association of the United Kingdom」に掲載されました。

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【教えてくださったのはこの方!】


JAMSTEC地球環境部門 藤原 義弘上席研究員
 1969年岡山県生まれ。筑波大学第二学群生物学類卒業。筑波大学大学院修士課程環境科学研究科修了。博士(理学)。海洋研究開発機構地球環境部門海洋生物環境影響研究センター上席研究員。東京海洋大学客員教授。1993年より海洋科学技術センター(現 海洋研究開発機構)に入所。米国スクリプス海洋研究所留学等を経て、2019年より現職。近年、深海域のトップ・プレデター(食物連鎖の頂点に位置する捕食者)に関する研究や環境DNAの研究に取り組む。海洋生物の撮影にも力を注ぎ、今まで撮影した深海生物は1500種にのぼる。
 著書『深海のとっても変わった生きもの』(幻冬舎)、『潜水調査船が見た深海生物―深海生物研究の現在』(共著、東海大学出版会)、『追跡!なぞの深海生物』(あかね書房)、『深海 鯨が誘うもうひとつの世界』(山と渓谷社)、『小学館の図鑑NEO 深海生物 DVDつき』(小学館)など。

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